イムラアートギャラリー [京都/東京]

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この度イムラアートギャラリーでは、日野田崇個展「手と色形楽」を開催いたします。

手と色形楽       

 私は、一貫して陶による立体造形に取り組んできました。その姿勢は、陶を基盤にしながら、あくまで現代の視覚造形のひとつの在り方を追求するものです。私が陶の最も重要な特質と考えているのは、時間を超えて「半永久的に遺物として残り続ける」可能性があるということです。そして制作においては、もうひとつ、物質である素材と、それを手で加工していくことを重視しています。それは労働の一種ですが、それを概念に完全に置換することはできません。そこには、単に手仕事への懐古的な郷愁にとどまらない、「もの」と人間の感覚の交感に伴った官能性や抵抗感、循環をともなったやりとりがあります。利便性に偏った現代人の生活はこのような要素をどんどん失くしていく方向に向かっていますが、それと逆行する手の労働にはもっと積極的な意味があると思っています。
 近代的な「美術/工芸」のような二元論や、概念を基盤にしたテキストやリサーチ、映像的な手法を多用するContemporary Art の領域とは別の枠組みを自身の制作に想定するために、最近では「手色形楽(しゅしきけいがく)」という言葉を使っています。今展ではとくにその用語を展覧会の表題に押し出しています。" Art" や" Kunst" といった西洋の概念と用語に対応する枠組みを、あとから当て嵌めたがために、諸工芸、書などの居場所が宙ぶらりんになってしまったのは周知の史実です。「手色形楽」とは、そのような状況の中で、前近代的な復古に走ってしまうことなく、自分にとっての色やかたちそのものの価値をもう一度見つめていこうという試みです。
 1970 年代の初頭、ブラジルが軍事政権下にあった時代に、当局の歌詞検閲をかわすために、ミルトン・ナシメントが「魚たちの奇跡」の収録曲のほとんどをスキャットで歌っていたという事実は、私にとって重要です。このエピソードは政治的な要素も持っていますが、本来の「音」の潜在力を彼が知っていたことの証左のように思えるのです。色やかたちにもそれと同じような作用があるのではないでしょうか。色とかたちは本来、それ自体がひとつのことばのはずであり、ときにはヴァーバルな言語をはるかに凌駕するほどの戦慄的なカタルシスを見る者にもたらすことがあります。
私にとって、映像の色彩がなにかいまひとつ物足らなく感じるのは、おそらくそれが「光」をベースにしているからだと思っています。「光」は概念の足場である意識に働きかけます。それとは対照的に、陶の色彩は「もの」に受肉した啓示であり、重さや陰、灰汁のようなものを含んでいます。そこには私たちが自らの身体性を再考するきっかけが潜んでいると信じています。

日野田 崇

歪み、デフォルメ、ブレ、反復、と

 生命体とも言い切れない存在。頭部、胴体、手足のようなパーツはデフォルメされ歪み、触手のようにしなやかに伸び、分裂し変態しながらもバランスを保ち立つ。表面のイメージもまた同様の特色を持ちつつ、かたちに寄り添いながらもブレてまた反復する。このように日野田崇の作品群には、歪み、デフォルメ、ブレと反復という特徴が顕著である。これらの特徴が、立体というかたち、イメージ、展示される場に、絡み合いながら展開する。
 日野田は制作のプロセスにおいて、スケッチやマケットのようなものを予め用意せず、直接土に向かう。それは感覚だけを頼りに手を動かす身体的なものである。日本の漫画、アメリカン・コミック、グラフィティ、イラスト、町中でみかけた広告、看板、浮世絵、さらには大津絵など多岐にわたるイメージから影響を受けており、フォルムはぬるりとしなやかな変形が施され、イメージはクリアな黒いアウトラインで塗り分けられる。
 日野田は自身の制作過程の別の影響要素として音楽を挙げる。ジャンルにこだわらず即興的なものを好み、そこで体得する感覚を重要視する。なるほど、フリースタイルなリズム、グルーヴに自らの直感を乗せ、土に直接手で触れ、成形、色を施し、素材との交信を重ねる過程で、時に無意識も意識するかのように、記憶や経験と身体とが一体となり、立体というひとつの姿へと変貌をとげる。この勢いは立体に留まらず、台座、床、壁面へと展開する。この時、日野田は与えられた場の内にイメージをレイアウトしなければならない。だが視点を変えれば、この構成により展示空間は、四方八方にぶつかり跳ね返るリズム、叫び、そのエコーの増幅と拡散の場と化すのだ。このように捉えると、歪み、デフォルメ、ブレと反復は、予定調和に収まりきらない、より動的なるものの連鎖の表れである。
 この歪み、デフォルメ、ブレと反復は現代を生きるひとりの思考の投影でもある。土による成形、マスキング・テープを用いてフリーハンドで分割された面に極細のノズルから自身の息で塗料を吹き付けるといった作業等の幾度もの繰り返しは、制御と忍耐そして時間を要するものである。さらに焼成による外形や色の変化は作家による制御を裏切る。作家はその都度、決断と選択を迫られる。こうした工程は、日野田にとって、既に混沌とした社会に生きる自身の全身全霊を創造に投げ入れる行為に均しい。あたかも、自然環境と日常の営みが危機的状況にある現代を受けとめ、当事者としてこの社会といかなる関係を構築できるか模索するかのごとく。
 一貫して土という物質を用い、身体と素材とのダイレクトなコミュニケーションによる制作にこだわり抜く所以のひとつに、このように、一方に直感と即興という内なる衝動と速攻性、他方に行為の制御、忍耐、反復という外的要因を伴う作業といった二極にあるものの相互共存の必然性があるからではないか。作品タイトルがテーマあるいはコンセプトであり、かたちと色はその描写という一方向のみに集約されがちだが、違う。直感、触知、記憶、素材と生成のプロセス、思考、言葉-これらが作家の身体を通して密接に関わり、同時並行的に、時にそれぞれの要素が交互に通奏低音となり、その上で他の要素による演奏が進行するかのように、かたちと色が紡がれるのである。
 丸みのあるフォルム、表面のざらつきは皮膚のようでもあり、卵の殻のような質感を帯びる。イメージは滑らかに吸い付くように表面に延びる。こうして現前する造形は、支配と管理に好都合なシステムに組み込まれ、身動きが取れない現代人の姿。だが、この世界に今もなお未来を抱くことが出来るのであれば、この先が見えず抑圧された状態からの解放を予見するものであってほしい。

北出智恵子
(キュレーター/美術批評)

この度、イムラアートギャラリーでは4年ぶりとなる、木彫家・山﨑史生の個展を開催いたします。
山﨑の制作スタイルは一貫しており、一本の木から掘り出す「一木造り」技法を用いて像の全身を彫刻した後、水彩絵具で彩色を施しています。
一見すると、異形のもの、と言える山﨑の作品。虚空を見つめ閑寂さを湛えたような彼らは、この世のあらゆる生命種族を超越した半神的存在のようでもあります。整ったものも、歪とされるものも全て受け入れて、肯定的に皆の現前に差し出された立像。この存在の受け取り方は、その時のあなたの心次第、と、まるで己のあり方を問われているように感じます。

長い時間をかけ、作家が作家自身とも向き合い完成された立像は、木彫ならではの温もりを持ち合わせ、純朴な佇まいで、私たちの心に寄り添ってくれることでしょう。

饒舌な眼差しを持った「静かな隣人」。
どうぞご高覧下さい。

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午後5時を知らせるチャイムの音が近所の造船所から聞こえくる。今日も朝からただ造りかけの作品の前に座っていた。また道を見失っている。悪いクセだが、今の自分には必要な時間だとも思える。迷い込んだ道の端から顔を覗かせる得体が知れぬ何か、その様なモノを取り籠んだ時、作品は動き出す。

山﨑史生

「ART FAIR TOKYO 2016」

■会場:東京国際フォーラム ホールE
■会期:2016年5月12日[木]~5月14日[土]
■出品作家:佐藤雅晴, 橋爪彩, 堀尾貞治, 樂雅臣

この度、イムラアートギャラリー京都では、堀尾貞治展「あたりまえのこと3kg 絵画」を開催いたします。
本展は「重量絵画」による展覧会となっております。「重量絵画」というのは、3kg の重さ、
というように重量条件を設定し、3kg 分の金属を自由につなぎ合わせて造形する作品であります。
1960 年代より「具体」のメンバーとして活動を始めた堀尾貞治は、パフォーマンスアートの先駆者であり、
現在も精力的に展覧会を行い、活躍しています。
中学生の時に、一生絵を描き続けよう、と早くも決心したという堀尾。彼の創作の中心は一貫して、
「あたりまえ」のものである「空気」の存在をいかに表現するか、という試みにあります。
日頃意識することのない「空気」。目に見えないけれども生きるためには必ず必要な大切なもの。
この存在の希薄な「あたりまえ」のものを可視化する為、身近なものにその日の色を塗り、カタチを作り、
毎日毎日何十年と絶え間なく続ける行為もそのひとつであります。
ひたすら日々作品を作り続ける積み重ねは、「堀尾貞治」という存在そのものがアートであるとも言える
現状を生み出した大きな要因の一つと言えるでしょう。
『時間のないやつは、本質があってイキイキしている。それは真理やと思う。』
インタビュー記事に記されていたこの言葉に、日々制作と展覧会を続ける堀尾の意思が込められているように
思います。
堀尾貞治の新たなる「あたりまえのこと」との対話を是非、ご高覧下さい。

この度、イムラアートギャラリーでは2年ぶりとなる、木彫作家 山﨑史生の個展を開催いたします。

一本の木から掘り出す技法「一木造り」を用いて水彩絵具で彩色を施しています。

作品一体が完成するまでには、非常に時間がかかり、年に数点と寡作ではあるが、長い時間をかけ、作品と自身と向き合い完成された作品は、木彫ならではの温かさと、どこか寂しげで純朴な佇まい、そして圧倒的な存在感を放っています。

本展では、今年完成させた新作の木彫作品3点と、イメージを描きとめたドローイングを初めて発表いたします。ドローイングは山﨑にとっては、制作する際の最初の工程であり、あくまで木彫作品を制作する上で頭に浮かんだイメージを平面に描きとめた下絵ではあるが、木彫作品の方向性を左右するものであり、山﨑の制作においては、非常に意味のあるものです。

山﨑史生の世界観をどうぞご高覧くださいませ。

尚、10/3(土)はニュイ・ブランシュKYOTO 2015に伴い21:00まで開廊しております。

会場:ホテルグランヴィア大阪 26階
会期:2013年7月19日(金)〜21日(日)
出品作家:染谷聡、三好彩

「Yamato Dynamics」

会場:MIZUMA GALLERY(ギルマンバラックス・シンガポール)
会期:2013年4月12日(金)~5月26日(日)
出品作家:佐藤雅晴、中山徳幸、橋爪彩、英ゆう、日野田崇、三瀬夏之介、山本太郎、渡邊佳織

2013年5月11日(土)、いよいよイムラアートギャラリー東京のギャラリースペースが3331 Arts Chiyodaにオープンします。

オープニングを飾る展覧会は、土屋貴哉(美術家)とアタカケンタロウ(建築家)による、ギャラリースペースの改装からオープンまでの過程と時間を扱ったインスタレーションプロジェクトです。

■オープニング展覧会「昨日はどこへ行った。」の情報はコチラ
■イムラアートギャラリー東京の情報はコチラ

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